り📚書評家による小説のすゝめ

若手書評家、アートカルチャー系ライターをしています。り📚です。元書店員。独自書評や買った本の話、美術館や観劇の記録などをつけていきます。併設趣味ブログhttps://culture76.hateblo.jp/

書評 / 畑中智美『ヨルノヒカリ』

『り📚書評家による小説のすすめ』

こんにちは。り📚書評家です。

みなさまいかがお過ごしですか?

本日の独自書評はこちら。

畑野智美さん著『ヨルノヒカリ』をレビューします。

『ヨルノヒカリ』は中央公論新社さんから出版されている長編小説です。

独特だと思わせる世界観

『ヨルノヒカリ』という小説を読み始めた読者がまず感じるのは、その独特な世界観ではないでしょうか。

他人とも友人とも違うその距離感。名前のない関係性を疑問視しない登場人物たち。

多様化への理解不足が叫ばれる現代、でもまだ自分の感覚で不思議なものはたくさんあることでしょう。

そうした「否定しないけれどモヤモヤする」世界観を作り出している小説『ヨルノヒカリ』。

 

『ヨルノヒカリ』の独特と思われる世界観は切望しあっていたものを、補いあうような2人の物語だからこそ生まれたのではないかとわたしは考えています。

切望しあっていたものを、補いあうような2人

『ヨルノヒカリ』に登場するのは切望しあっていたものを、補いあうような2人です。

コアな登場人物ふたりともが、「1人が怖い」という思いを抱えています。

人には簡単に打ち明けられない内面のこと。

家庭環境のこと。

重いものを自分の内面を抱えながら、きっとお互いにお互いのことをとても大切にしあっているのだろうということはとてもよく伝わってきます。

多くの読者がこの小説『ヨルノヒカリ』を読みながら、割と早い段階で気が付くのではないでしょうか。

登場人物である彼らはしかし、自信のこころにあまりに鈍感です。

彼らにも早く、「お互いにお互いのことをとても大切にしあっているのだ」ということに気がついてほしいと願いながら読み進めました。

「義務教育」は誰の義務

小説『ヨルノヒカリ』には親子関係や血縁関係についてのデリケートな描写も多く含まれます。
中でも義務教育を終えて育児の義務を放棄した母親を想起した息子・主人公が
「息子の義務教育が終わって子育てから解放されることを喜んでいたからなのか」 とその真理を分析している場面が印象的でした。

まるで主人んこうは「義務教育が終わること」と、「子育ての意味」の認識が一致しているかのような描写です。
わたしはこれにものすごく疑問を抱きました。
義務教育が終わったからといって、親が子どもの子育てから解放されるわけではありません。
一般には学生を終えるか、成人するかで独り立ちと言われます。義務教育が終わるのは中学校3年生です。

そのことをもちろん主人公だってわかっていたはずなのに、なんだか胸の内でこういう言い方してしまう。
 
そうしたこの描写は、『ヨルノヒカリ』主人公の傷の深さを表しているように感じ、とても気がかりでした。

議論の余地すらありそうなこの描写は、著者さんの誤った認識でもなければ、主人公の誤った認識でもないのではないかとわたしは考えています。
著者か『ヨルノヒカリ』主人公の認識ではないはずです。
 
これは小説『ヨルノヒカリ』の主人公が「そう思い込もうとしていることを表している場面」なのだと思っています。
きっと主人公にとって義務教育を終えた途端に親に教育の義務を放棄された出来事は、自分に言い聞かせようとしなくては受け止めきれない過去だったのでしょう。

母という呪縛

小説『ヨルノヒカリ』は後半になってくると、 物語に占めるお母さんとのエピソードの割合はどんどん増していきます。
主人公がやっぱり母に縛られていたんだということをよく示す構造ではないでしょうか。
それに対し、後になって明かされる主人公をお母さんとのお別れは思っていたよりもずっとあっさりしていたなとわたしは感じています。
 
お母さんはそもそも『ヨルノヒカリ』の物語の中ではチラリとしか影を移しません。
そしてずいぶんと会えていない間に気がついたら手が届かないほど遠くなっていたと言うのも、あまりにあっさりしすぎているような気がして不思議に思いました。

 

あまりにあっさりした母との描写

好きなものを大切に抱えていることが怖い。
主人公が親友と、そういった認識を親友と語り合っているシーンがあります。
ここでは「親友に対して」意思を語る以上に「読者に対して」意思を語ってくれるという意味合いが含まれているでしょう。
 
わたしたち『ヨルノヒカリ』の読者は、なるほど彼らはそういう思考だったのだと思い至ります。

ちょっぴりあまのじゃくな主人公たち。
 
手の中に、自分の見える位置に。
常に大切な人を置いておくことに抵抗がある。
 
その思いのせいで、せっかく居場所を与えてくれた手芸屋さんも飛び出していってしまう主人公。
そんなバカなことをしていないで、早く正直な胸の内を語り合ってほしいと思いながら読みました。

あまりにあっさりしている人との別れを繰り返す主人公の小説『ヨルノヒカリ』。
あっさりと離れないと恐ろしくて振り返ることもできない、そんな主人公の心理が、小説『ヨルノヒカリ』の本筋にも現れているように感じました。
 

同居している男女は「恋人」?

主人公ら2人の関係は小説『ヨルノヒカリ』後半になるにつれ、わたしの目には「恋人」のそれにしか見えませんでした。
 

一緒に暮らしているし、
手を取り合って暮らしているし、
手をつないで外を歩いている。
 
そのことに抵抗を感じていなくて、むしろしあわせだと思っているような様子です。
 
自分の生活に充足している主人公と登場人物をやっと読むことができた、と思いました。

わたしははじめ、「ともに手を取り合って暮らし、手を繋いで外を歩く仲」の者を作ることが主人公たちにとって抵抗があるのだと思っていました。
しかし、そいういことをする相手を得てもなお、恋愛ラベル、異性愛ラベルのようなものにとらわれない考え方をしているのが小説『ヨルノヒカリ』に登場する男女です。
 
けれどもそこまで抵抗を感じなくなるような仲になって、でも「恋人」という関係性になりたくないという気持ちも抱く方も、いらっしゃるのですね。
自分の認識はまだほとほと甘いなと感じました。
そうした考えの人もいるんだなと、思い至らなかったことに反省をしつつ、彼らのような人たちをこれからは尊重していきたいと思いました。

自身を罰する人たちへ

自分のことを罰するように、自分の居心地の良い場所からあえて離れていってしまうような『ヨルノヒカリ』の主人公たち。

彼らには、この小説『ヨルノヒカリ』の最後のページのさらに先の物語でも、
きっと他者の意見よりは自分の心に思うままに。
けれども、ときには「あえて離れていってしまいたくなる」気持ちをぐっとこらえて、
居心地の良い場所にステイしていていてほしいなと思いました。
 

自分に正直になることが必ずしも一色でない時もある。
それでも、その時々の彼らにとって、ベストな選択をし続けていてくれたらうれしいなと思います。
わたしも、そうした生き方をしていきたいと思いました。

あたたかい手仕事に包まれながら、あたたかい食事を囲う。
そのありがたみに改めて気がつくこの小説『ヨルノヒカリ』の主人公。

わたしたちは無意識に、しかし人のぬくもりを様々な場所で感じていたのだと気がつき、改めて感謝をさせてもらうことができた小説でした。
 

終わりに📚

今回は畑野智美さん著『ヨルノヒカリ』の独自書評を掲載しました。

いかがでしたでしょうか?

 

エンタメ小説らしさを失わないままに、日常に深く切り込む長編小説『ヨルノヒカリ』。

ぜひ興味を持っていただけたらとても嬉しいです!

 

このブログも日々、たくさんの方に読んでいただけているようでありがたいです。

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以上、り📚書店員でした~!

 

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